GAYひとり大地を行く

40代のゲイ雑記。19年間の社会不安障害との闘いを経て、バリバリのおひとりさまですが頑張って生きています。日々の暮らしで思ったこと、社会不安障害のこと、8年間の留学生活で学んだことなどを綴っていきます。

忘れることのできないひとこと

Mattです。

今日は4月4日。

子供の頃、特に小学生時代は毎年、"今日はお前の日だ~"なんてよくからかわれたものです。オカマの日ってことでね。

それにしても3月3日が女の子の日、5月5日が男の子の日、ちょうどいい具合にその真ん中の4月4日がぽっかり空いて、なんでそうなるかなぁと恨んだものですよ。人の事をオカマだと言う方はそれが楽しくて言っていたのかもしれないだろうけど、言われる方はつらかった。かなりつらい。

だから、今も日本のどこかでかつて僕が言われたと同じようにオカマ呼ばわりされている子供達が必ずいるだろうし、つらい思いをしているだろうということを考えると胸がいたくなります。そして、彼らのまわりに親身になって味方になってくれる友達なり大人がいることを切に願います。

僕の場合は負けん気が強いという性格もあったのでしょうけれど、温かい家族がいて, とにかく小中の同級生の女子全員が味方になってくれた(もちろん男子にも味方になってくれる人はいた)ので、つらいことは沢山あったけれど登校拒否などにもならずに済みました。

今40代になって、小学校や中学校時代に「オカマ」と馬鹿にされたことを思い出すと嫌な気持ちになりますが、完全ではないけれど水に流せるかなという気持ちにはなっています。でも、たった1つだけどうしても許せない、忘れることができない一言があります。

それは中学3年の時に担任が放った、「君は将来オカマになるのかい?」という一言。

この担任の言葉は、僕の中では同級生が放った言葉より遥かにレベルが違いすぎる残酷な言葉として今でも胸の奥深くにグサッと刺さったままです。

中学3年の時に、生徒1人ずつ順番で担任と二人で向かい合って給食を食べるということをやった時に放たれた言葉でした。僕はその言葉を完全無視し、担任とは一言も会話をすることもなく給食を食べ終えました。

中学1,2年の担任がとても親身になってくれる先生だったのと同時に、中学2年頃から僕を馬鹿にする人が激減し、割と学校生活も安定していた中で、中学3年で別の担任に変わりそいつからその発言を言われたものだから、僕としてはその衝撃度はかなりのものだったんだと思います。しかも教師という立場にある者の発言だったから........

中学卒業以来その担任とは顔を合わせていませんが、そいつがのちに校長になったと聞いたときには、世も末だな、日本の教育界も終わりだなと思ったほどです。

同級生によると、そいつは現在定年退職してある宗教にはまり、性格が丸くなって布教活動に没頭しているそうです。

もし、僕がそいつにもう1度会うことがあるならば、堂々とゲイ宣言をして、あの時僕の心を踏みにじったよりも100万倍位にしてそいつの心をズタズタにしてやりたいと密かに思っているのです。


4月4日 オカマの日 

毎年その担任を思い出す

いくつになっても負けん気の強い今日このごろ

では、また~