GAYひとり大地を行く

40代のゲイ雑記。19年間の社会不安障害との闘いを経て、バリバリのおひとりさまですが頑張って生きています。日々の暮らしで思ったこと、社会不安障害のこと、8年間の留学生活で学んだことなどを綴っていきます。

シアトル一人暮らし~ゲイとしての勉強期間

Mattです。

 「ゲイ友第1号との決別シリーズ」第4章へ行く前に、シアトルでの生活環境変化について書きたいと思います。

 1995年某日に突然1号君と再会したことで、僕のシアトルでの生活が転換期を迎えることになります。

 1年ちょいしたホームステイをやめ、大学がある、そしてシアトル最大のゲイタウン(当時)でもあるキャピタルヒル地区で一人暮らしを始めることにしました。

 やっぱりね、若さゆえ(ん~、年齢はあまり関係ないかな)色々な自由が欲しくなりました。自分だけの空間と言うか、ま~、とにかく自由。

 かなり悩みました。僕がホームステイを去ることでホストファミリーの月収が約2,000㌦から1500㌦へ少くなるのですから、なんか迷惑かけちゃうかな~とか。でも、運よく別の日本人留学生が新たに僕のホームステイ先に入居したんですよ。朝、トーストを8枚食べるヒョロ~っとした日本人男子学生が。なので、思い切って出ました。円満にホストファミリーとグッバイできました。

 引っ越し先は大学から歩いて10分以内の好立地にあるスタジオアパートメント。日本で言ったら1DKなのかな?? でも普通の日本的感覚では到底考えられない広さと豪華さです。家賃は電気、ガス、水道、電話代こみで月525㌦。当時1ドル80円台だったから(今じゃ考えられない超円高時代)、42,000円程度。セキュリティ万全(住人しか入れない。アメリカは基本そういう風になっている)、ウォークインクローゼットがあまりにも広すぎて、そこにベッドを置いてベッドルームにしたぐらいの広さでした。

 アパートの部屋の写真を載せたかったけれど、あまりにも散らかっている部屋で恥ずかしいので.........キッチンの写真などがありましたので、こちら↓↓↓

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  当時と比べて世間一般の収入レベルってさほど増えていないのに(むしろ減ってるかも)、住んでたアパートの現在の家賃調べたら倍以上になってる(汗)

当時は月525㌦、現在は1,195㌦......日本人留学生が激減したって聞くけど、無理もないよね。学費も倍ぐらいになってるもん。ほんと良い時代に留学させてもらってお父さん、お母さんありがとうですよ。おばあちゃんは神様、学費の殆どを出してもらったから...

 ひとり暮らしで自由を得たことで、それまでゲイライフとは無縁だったのに、1号君をはじめとするゲイ友が増えていき、ゲイバーにも行きだすようにもなって......実際の男性とのチョメチョメデビューはまだまだ先のことだけど、このシアトル一人暮らし時代がゲイとしての僕を1段も2段もステップアップしてくれたことだけは間違いないです。いわば、ゲイとしての勉強期間だったと同時に初体験までの準備期間だったのだと思います(準備期間にしてはちょっと長かったかな)

 大学の勉強も一生懸命しましたよ~。そこんとこはちゃんと強調しておくわ!

 次回はそのゲイとしての勉強について書いてみたいと思います。

 では、また~