GAYひとり大地を行く

40代のゲイ雑記。19年間の社会不安障害との闘いを経て、バリバリのおひとりさまですが頑張って生きています。日々の暮らしで思ったこと、社会不安障害のこと、8年間の留学生活で学んだことなどを綴っていきます。

シアトル

Mattです。

 ここまで、「ゲイ友第一号と決別したこと」を第2章まで書いてきたけれど、結構悩みました。悩みましたと言うか、現在進行形で悩んでます。1号君へのただの批判と悪口になっていないだろうかとか、自分の胸だけにそっとしまっておくべきことではないのだろうかとか.........

 でも、僕が人間としてゲイとして成長していく過程で、彼の存在は無視することができないというのも事実です。続きを読みたいと思って下さっている方も多少なりともいるようで、ここは乗りかかった舟。最後まできっちり書いてさっぱりして、その後はまた、別の話題にしていきたいと思います。

 第3章以降へ進む前に、これからの舞台であるシアトルという街をみなさんに知っていただきたい。今回の記事は第3章へ進む前のちょっとした箸休めと思ってください。第3章の前に、あと2回ぐらい箸休めが続くかもしれませんが、話を進めるうえで重要な情報ですのでご理解を。僕が今回提供するシアトルに関しての情報は、なにせ21年も前のことだから、現在のシアトルとは違っているかもしれないので、そこはあしからず。

シアトル Seattle

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  • 米国ワシントン州最大の都市
  • 海と湖と自然に囲まれたのどかな街
  • シアトルそのものの人口は約56万人
  • シアトルメトロポリタンの人口は約370万人
  • アマゾン、スターバックスマイクロソフトボーイングはシアトル発祥。
  • とにかく雨が多い。レイニー・シティと呼ばれている
  • 緯度は高い(稚内より北)が寒くない。雪も少ない。
  • バスシステムが発達している。中心街は地下鉄ならぬ、地下バスが走っている。
  • 今はライトレールという電車が走ってる模様←これは知らない
  • 夏は白夜のように夜10頃まで明るい。

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 とても住みやすい街です。都会だけど都会過ぎない丁度良い街。僕は1972年生まれの一白水星人だからなのかは知らないけれど、なぜか水のある街とは相性がいいのです。ハワイもそうですし、このシアトルも性に合っていました。社会不安障害で人混みや電車が怖くて、アメリカの田舎町に移って症状が軽くなり、シアトルでの都会生活に不安があったけれど、水と緑が身近にあったおかげて視覚的癒しをもらえてそれは精神的に助かりました。

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 とにかく夏以外は雨ばっかり。降ってんだか降ってないんだかわからない雨。10月から4月まではほぼ毎日雨じゃないかな。毎朝起きて窓の外をみると、どんより曇り空で道路が濡れている。あ~ぁ、今日もまた雨か~って、意気消沈することも多いです。

 夏は夜10時頃まで明るい。いつまでも遊んでいたい気分が激増する。夕飯食べていても、夕飯じゃないような気がして困惑する。

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 アウトドア系ファッションをしている人が圧倒的に多いような気がします。例えば、ノースフェース、パタゴニア、エディ・バウアー系のファッションが主流。うちの兄貴夫婦がシアトルに遊びに来た時、このREIというアウトドアの店で爆買いしてちょっとドン引きした思い出があります。

  そして 危険は危険。やっぱりそこはアメリカ。今はどうか知らないけれど、僕がいた頃はダウンタウンの1番通りはギャングの銃撃戦があるから気をつけろと元ギャングに教わりました。赤いバンダナを巻いていると真っ先に撃たれると言われたことがあります(汗) 銃も2000円ぐらいから普通に売ってました。
 
 300㌦相当の品を盗まれたこともありました。ひったくりも見ました。ショッピングモールでは手錠されて連行される人はしょっちゅう見ました。クラスメートは朝起きて窓の外を覗いたら、数人の警官が銃口を1人の男性に向けて立っているのを見たそうです。

   そして、一番怖かったのは...............
   ある日の夜、近所のスーパーからの帰り。普段はスーパーの表側の明るく人通りの多い通りを歩くのですが、その日はなぜか裏側の暗い道を歩いて帰りました。すると、僕の目の前を歩いていた男性、スーパーでワインか何かを買った男性が、いきなり藪の中から出てきた男に襲われました。僕の目の前で。思いっきり瓶が割れる音もしました。もし、僕がその人より先に歩いていたらと思うと......想像しただけでも恐ろしいです。自分の身を守ることに必死で後方へ逃げることしかできませんでした。「誰か~助けてくれ~誰か~」という、襲われた人の叫び声が響いていましたが、その叫び声を聞きながら、もうただただ逃げることしかできませんでした。次の日には、自分が助けなかったせいで、あの人が死んでしまったんじゃないかと心配になり新聞をかたっぱしから見たりして気が気じゃありませんでした。でも、銃を持っている場合もあるから、そういう時は逃げて正解だったよと言われたのを覚えています。

 そんな街シアトル。もう21年行かないけれど、相当変わってるんだろうなぁと思います。またいつの日か行ってみたいなぁf:id:Masa-Oka:20180314185030p:plain

 さあ、こんな素敵な街で1号君との狂ったドラマが始まるのです。いったいどうなることやら。

 つづく

 では、また~